中国の傲慢が生んだ「嫌中」オーストラリア
2020年10月15日(木)19時47分
サルバトア・バボンズ(豪社会学者)
<中国に好意的なオーストラリア人は、過去3年で64%から15%に激減した。他の民主国家もこれに続くだろう>
中国はオーストラリアを自陣営に取り込もうと、長年工作を行ってきた。そうした場合に中国が好んで使う武器はカネだ。
オーストラリアの輸出のざっと3分の1は中国向けだ。さらに最近まで中国はオーストラリアに多額の投資を行っていた。
アカデミックな世界でも、中国は影響力を広げている。中国人留学生はオーストラリアの大学の在籍者総数の10%を占める。オーストラリアの公立大学37校のうち13校には、中国政府が世界各国の大学などと提携して中国語と中国文化普及の名目で設立している「孔子学院」がある。またオーストラリアの複数のシンクタンクは、中国政府と関係がある個人や団体から寄付を受け、中国寄りの政策を提言している。
オーストラリアの小さな隣国ニュージーランドでは、さらに中国の存在感が大きい。西側陣営の切り崩しに向けて中国が足場を築いた地域があるとしたら、それはオーストラリアとニュージーランドだろう。
ただ、世論はさほど中国に肩入れしていない。米調査機関ピュー・リサーチセンターが先週発表した「グローバル・アティテュード」調査によると、中国を好意的に見ているオーストラリア人は過去3年間で64%からわずか15%に激減(ニュージーランドでは調査は実施されていない)。逆に中国に好感を持たないオーストラリア人の割合は81%に増え、「どちらとも言えない」は3%にすぎなかった。
中国の好感度が下がっているのは世界的な傾向だが、ピューが追跡調査している12カ国の中では、オーストラリア人の「中国離れ」が最も顕著だ。しかも、その傾向は新型コロナウイルスの発生前から始まっていた。
オーストラリアでは長年「今後の経済成長には中国マネーの流入が必要」という見方が常識になっていたが、少なくとも外交においては、信頼はカネでは買えないようだ。
大バラマキ作戦
中国が大盤振る舞いをしてきたのは確かだ。チャールズ・スタート大学の教授(専門は公共倫理)のクライブ・ハミルトンは2018年の著書『サイレント・インベージョン(静かなる侵略)』で、中国がオーストラリアの世論を操作するため、あの手この手でカネをばらまいてきた実態を告発した。政党への多額の献金や中国語メディアの買収、ジャーナリストや政治家を中国に招待して豪遊させるなど、その手口は多岐にわたる。
こうしたバラマキをしている人物の一人が、中国出身の大富豪で、オーストラリアの市民権を取得しながら、今もビジネスの拠点を中国に置いているチャウ・チャック・ウィン(中国名は周澤榮)だ。オーストラリアの大学に多額の寄付をしているほか、退役軍人の慈善事業や戦争記念館など、オーストラリアの愛国主義的な団体に惜しみなく献金しており、中国の習近平(シー・チンピン)国家主席と親密な関係にあるため、中国政府の意向を受けて買収・スパイ工作をしているとの疑惑が持たれている。それを報道したオーストラリアのメディアを、チャウは片っ端から名誉毀損で訴え、そのたびに勝訴している。
中国はさらに大規模な買収工作も行なった。オーストラリア南東部のビクトリア州(州都メルボルン)をまるごと取り込もうとしたのだ。ビクトリア州政府は、連邦政府の意向に逆らって、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に参加を表明。2016〜2018年に少なくとも8社の中国国有企業と政府系企業が同州のインフラ事業に投資した。ダニエル・アンドルーズ州政府首相は2017年と2019年に北京で開かれた一帯一路フォーラムに出席。このフォーラムには州など地方自治体レベルの首長はごく少数しか出席しておらず、オーストラリア連邦政府の代表は不参加だった。たまたまかもしれないが、今年に入り中国がオーストラリア産の農産物に懲罰的な関税を課し、輸入を制限した際にも、ビクトリア州の農産物はほとんど影響を受けなかった。
中国の買収工作に屈したかどうかはともかく、2018年までにオーストラリアの多くの大物政治家がアメリカとの長年の同盟関係に縛られない「独自外交」を主張するようになった。故マルコム・フレーザー元首相(任期1975〜1983年)やポール・キーティング元首相(1991〜1996年)はアメリカとの同盟関係の解消まで唱え、ボブ・ホーク元首相(1983〜1991年)は引退後に中国政府のためのロビー活動で多額の報酬を稼ぐありさま。政府系シンクタンクのオーストラリア戦略政策研究所が「米国務省から研究助成金を受けているのはけしからん」と、有力政治家や元閣僚が騒ぎ立てるなど、オーストラリア政界では「親中・反米」派が幅を利かせるようになった。
一方で世論は引き続きアメリカとの協力関係を支持し、中国との関係が強化されつつあることに警戒感を示していた。オーストラリアのシンクタンク・ロウイー国際政策研究所の調査によると、2008年から現在まで一貫して世論の70%以上がアメリカとの同盟関係を支持しており、「オーストラリア政府は中国の投資を認可しすぎだ」と答えた人は一貫して半数を超えている。ドナルド・トランプ米大統領の好感度は低いものの、今でも半数以上のオーストラリア人がアメリカは「世界において責任ある行動をとっている」と見ているが、中国に同じ評価した人は23%にすぎない。
エイブラハム・リンカーンの名言として誤って伝わっている言葉に、「ある時期だけ全ての人を騙すことはできるし、一部の人をずっと騙すこともできるが、全ての人をずっと騙すことはできない」というものがある。オーストラリアにおける中国の影響力拡大については、ハミルトン教授の18年の著書もさることながら、人々の目を覚ましたのはマイク・ポンペオ米国務長官の2019年の発言だろう。「一山の大豆のために魂を売るか、それとも自国民を守るか、2つに1つだ」とポンペオはオーストラリア政府に迫った。オーストラリアは中国に大豆を輸出しているわけではないが、中国の影響力がじわじわと国内に広がることに不安を抱いていたオーストラリアの人々はこの発言に強く共鳴した。
それに続いた決定打がコロナ禍だ。中国が初期に誤情報を流したことで、オーストラリアでも人々の間では中国に対する不信感が一気に高まった。ただこの時点では、政府は中国寄りの姿勢を変えなかった。オーストラリアのブレンダン・マーフィー連邦首席医務官は、中国の迅速な対応により国境を越えた感染拡大は抑え込めると発言。ビクトリア州の有力政治家は、武漢の都市封鎖を手放しでたたえた。
「飼い犬」に噛まれた怒り
風向きが変わったのはその後だ。オーストラリアのスコット・モリソン首相とマリズ・ペイン外相がWHO(世界貿易機関)年次総会で新型コロナウイルスの発生源などについて武漢市を念頭に国際調査を要求。これに中国が猛反発した。
オーストラリアの中国大使館は、「オーストラリアの政治家はアメリカ人が言うことをオウム返しにするのに必死で、アメリカに言われるままに中国への政治的な攻撃を演出した」と苦言を呈した。中国外務省はさらに痛烈な言葉を使い、オーストラリアは「政治的な目的で疑念と告発を利用するという全くもって無責任」な行動を取ったと批判。「イデオロギー的な偏見と政治ゲーム」をコロナ対策に持ち込むなと、オーストラリアに釘を刺した。
調査要求は「中国の人々の感情を傷つけた」と言ったのは、中国の駐オーストラリア公使・王晰寧だ。「オーストラリアは中国の良い友人だと思っていたのに、青天の霹靂(へきれき)のように彼らがこんな提案をしたというニュースが飛び込んできて、中国の人々はショックを受けた」と、王は怒りをあらわにした。
「中国人の心」に対して配慮を欠いたオーストラリアの態度に驚き、中国の外交官たちは自らの言葉がオーストラリア人の心をいかに傷つけるか気づかなかったようだ。オーストラリアの政治家や公的機関に尋常でないほど深く浸透しているにもかかわらず、中国の外交官は、民主的な意思決定のダイナミズムを理解できなかったか、その要求に屈することを拒んだ。もし中国が、有能なP R会社を通じた通常の外交を行っていたら、新型コロナウイルスのパンデミックによる関係悪化はごく短期間ですんでいたかもしれない。
だが実際には、中国政府が30年間にわたって築き上げたオーストラリアの意思決定に対する影響力があっという間に瓦解した。ここ数カ月、オーストラリアは中国系企業による豪戦略資産の買収を厳しく規制すると発表、州政府や自治体が認可した買収案件に対し連邦政府が拒否権を発動できる新たな法案を提出した。またオーストラリアの大学に対する外国の干渉について議会の調査も開始した。中国寄りの姿勢を取る政治家は、今ではかなり勇気のある者に限られる。振り子は逆に振れたのだ。
挫折したエリート取り込み作戦
オーストラリアだけではない。一国のエリート層を取り込む中国の世界戦略は、民主主義国のほとんどで失敗した。中国は、外国の内政干渉を食い止めようとするオーストラリアの努力を「ひどく理不尽な態度」と呼んだ。だが一般市民から見れば、それは常識だ。中国が世界の除け者になり、民主国家の政治家は、中国政府幹部と握手する姿は撮られたがらないし、中国にとってぼろい儲け話もなくなるだろう。
オーストラリアが中国に背を向けたことで、自由主義や西側同盟を重んじる価値観が再確認された。他の民主国家もこの例に倣うだろう。ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相は、香港や新疆ウイグル自治区における中国の人権抑圧を批判した。欧州でも、中国の干渉に市民が反発している。外国からの脅威に対する民主主義国の反応は必ずしも早くないかもしれないが、最終的には排除する。それこそ中国が学ぶべき教訓だ。
From Foreign Policy Magazine
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