「日本学術会議問題」が、いま本当に必要な議論の妨げになっている…! 一番大事なことは、なんなのか
2020/10/12 髙橋洋一 経済学者 嘉悦大学教授
e-taxでやってみると…
菅政権は発足直後から、ハンコの廃止や携帯電話料金の引き下げ、日本学術会議の会員任命問題などが制作として表沙汰されている。
改めて考えてみれば、これらは「具体的」な問題である。筆者の考えで言えば、菅政権の公約どおり、規制改革、行政改革に連なる流れを作っているように思える。
ハンコ廃止は、役所への行政手続きや役所内手続きのオンライン化に貢献し、結果として行政のスリム化が計られる。さらに、役所への行政手続きがオンライン化されると、バラバラだった各役所ごとの手続きが統一化され、国民から見れば縦割り行政がかなりなくなる。
さらに、9月28日付けの本コラムで既に言及しているが、ハンコなしのe-Taxを、各役所でバラバラな各種補助金申請システムに応用(基本的にはe-Taxのカネの流れの方向を変えるだけ)すれば、政府からのカネの出入りをすべて同じシステムでシームレスに行える。しかも、e-Taxは、役所のオンラインシステムの中で長い歴史があるので、それなりに安心できるものだ。
実は、e-Taxを社会保険料にも応用して、地方自治体を含めた各種補助金システムを包括すれば、歳入庁を超えた役所のワンストップ化が可能となって、究極の縦割り行政打破にもつながってくる。
そのひとつを考えてみよう。携帯電話料金の引下げは、1985年のNTT民営化にはじまる一連の規制改革による果実を国民に還元することだ。NNTT民営化以降、電気通信業界は、NTT、KDDI、ソフトバンクの3社体制に集約されてきたが、今般、楽天グループが参入した。
これの状況を見てもわかるが、なんだかんだと言っても、携帯電話各社は儲かっている。楽天グループは新規参入者らしく意欲的な料金を導入してきたこともあり、菅政権の強い意欲もあって、料金引き下げはできる見通しだ。そうした国民目線で菅政権は当たり前のことをやっているともいえる。
菅首相がいま計画していること
日本学術会議では、菅政権が強権的な人事を行っていると誤解した人も多かったかもしれない。マスコミ報道が、日本学術会議側の言い分ばかりを報道したからだ。
しかし、先週の本コラム「問題だらけの「日本学術会議」は、今すぐ「民営化」するのが正解だ」を書いてから、与党幹部をはじめ各方面からの問い合わせが多くあった。筆者は、先週の本コラムに書いているとおりに、日本学術会議の過去の経緯と欧州のアカデミーの設置形態を説明した。
本コラムでも言及したが、日本学術会議側が学問の自由を阻害してきた。そうしたら、その具体的な話が出始めてきた。日本学術会議は、軍事研究を止めてきたが、防衛庁の軍事研究プロジェクトに応じた北海道大学に対し、日本学術会議の人が北海道大学学長に辞退するように迫っていたことが、インターネットで関係者から表に出るようになった。
このような具体的な話が出てきたのは、とてもいい話だ。
また、同じく本コラムでは、2011年東日本大震災後の復興増税も日本学術会議が大きな役割を果たしたことも書いた。日本学術会議・大西隆元会長が東京新聞に新聞に寄稿したところによれば、「レジ袋有料化も学術会議の提唱がきっかけ」という。
また、筆者のまわりの話では、国際リニアコライダーの日本誘致について、日本学術会議は「国際リニアコライダー計画の見直し案に関する所見」で反対している。
筆者は、研究開発について、未来投資なのだから国債で賄えと主張している。例えば、2016年10月10日付け本コラム「日本がノーベル賞常連国であり続けるには、この秘策を使うしかない!」。今年の6分野ノーベル賞で日本人受賞者がいなかったために、筆者は危機感を強くしている。
障害になっているもの
研究開発は未来投資なので国債で賄うという発想は、「世界に伍する規模のファンドを大学等の間で連携して創設」という形で、2020骨太方針にも取り入れられている。これは、10兆円ファンドになるとされているが、今年度補正予算か来年度予算で実現すべきだ。
その一方で、日本学術会議が、こうした研究の障害になってはまずい。
菅首相は、日本学術問題に対して、前例踏襲がいいのか、それとも学問の自由とは全く関係ないと強調し、任命拒否は法令上問題ないとしている。そのうえで、過去の省庁再編論議の際に。日本学術会議の必要性や在り方が議論されてきたとも指摘している。
この省庁再編論議とは、まさに先週の本コラムで紹介した2003年当時の民営化議論の経緯であり、そこでの議論の際に決められた10年内での見直しについて行われた形跡は見当たらない。要するに、日本学術会議は行われなかった「省庁再編の宿題」であり、宿題はやるべきと言う、行政改革の当たり前を菅政権は突きつけているのだ。
これらの問題は、決して思いつきではなく、過去からの経緯を踏まえている。その意味で、用意周到の上で問題提起されている。
ちなみに、自民党の下村博文政調会長は、7日の記者会見で内閣第2部会(平将明部会長)に塩谷立・元文部科学相を座長とするプロジェクトチームを設置し、議論する考えを表明した。設置形態に関し、下村氏は「欧米のアカデミーはほとんど非政府組織になっている」と説明した。
2003年の中央省庁改革基本法に基づく総合科学技術会議の最終答申は、学術会議について「欧米主要国のアカデミーの在り方が理想的方向」で「今後10年以内に改革の進捗状況を評価し、より適切な設置形態の在り方を検討していく」とした。
マスコミの論法の成り立たない部分
行政改革はすべての分野としている河野太郎・行政改革担当相も、日本学術会議も当然に対象になると、9日明らかにしている。
しかし、一部マスコミは、「政府・自民 圧力の次は介入「学術会議は行革対象」 関係者反発「論点すり替え」」としている。
しかし、先週の本コラムで、過去の経緯や欧米の実情を紹介している筆者からみれば、この一部マスコミの論調は笑うしかない。あえてわかりやすくいえば、次の通りだ。
2003年当時、日本学術会議が行革の対象になると、
(日本学術会議)民営化だけは勘弁してほしい。その代わりに人事(任命権)は政府の裁量でいい。
(政府)今回は民営化しない。しかし10年以内に改革をせよ。
(日本学術会議)了解した。
その後10年たつが、日本学術会議は改革しない。その一方で、復興増税提言、国際軍事研究阻止など国民にいいことをしないので、
(政府)10年以内の改革をせずに、社会貢献もしていないので、人事(任命権)で裁量的に行わせてもらう。
(日本学術会議)法律違反の人事だ。
一連の経緯を知っている者からみれば、今回の一部マスコミの論法は成り立たない。
改めて見通すと
今回の任命されなかった学者は、任命しない理由を明らかにせよというが、人事であるので、よほど不利益を被るのでなければ任命権者は理由をあきらかにする必要はない。日本学術会議の会員にならないと学者生命が絶たれるような不利益があるのだろうか。
しかも、政府与党が今後進める設置形態について、今の政府機関を見直せば、今回の政府による人事もやらなくて済むので、2003年の「宿題」と今回の「人事」の両方を解決でき、一石二鳥になる。
具体的には、今のある「日本学術会議法」を廃止する。それだけでは、日本のアカデミーがなくなってしまうので、同法の廃止とともに、政府とは別の法人格の団体を設立する。その法人が設立されれば、その会員はどうように選んでもいい。例えば、今回政府の任命した99人を再び選んでもいい。政府で任命されなかった6名ももちろん選んでいい。
日本学術会議法が廃止されれば、同法1条3項「日本学術会議に関する経費は、国庫の負担とする」もなくなる。
ただし、欧米のアカデミーの経費の一部は国との契約か国からの補助金になっているので、全額経費を国費でみるのではなく一部になるだろう。
もちろん、研究開発予算は、この日本学術会議の見直しとは別に、前述の10兆円ファンドなどで是非確保すべきである。
こうなれば、2003年当時の「欧米主要国のアカデミーの在り方が理想的方向」という宿題でできるし、政府で任命されなかった6名も満足だろう。
なぜ、民営化でないのか
逆にいえば、政府に民営化(非政府組織での法人格団体設立)という解決策がある以上、任命されなかった理由を明らかにする必要もない。
筆者にとっては、民営化で何が困るのかさっぱりわからない。ちなみに、何かと話題の中国のアカデミーは指導者の指示で設立される事実上国の機関であるが、そこまで日本学術会議が中国と歩調を合わせる必要もないだろう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/76345?imp=0