「毎日が暴力」高2女子が見た留学先の壮絶実態

授業中にマリファナ、家では「使用人扱い」…

宮本 さおり : ライター  2020/10/13 6:20

年間5万人近くの高校生が留学するまでになった日本。若い層の留学希望者が増える一方で、見過ごされている問題もある。昨年の夏、海外留学の支援団体を利用してアメリカへの交換留学に出発した倉橋凜さん(仮名、高校3年生)の体験は憧れを打ち砕くものだった。

 

都内在住、私立中高一貫校に通う凜さんは、アメリカへの留学を目指し英語の勉強に力を入れてきた。幼少期をアメリカで過ごしていたが、幼すぎたため、あまり記憶に残っていない。高校生となり、アメリカを存分に肌で感じてみたいと思ったのが留学を目指すきっかけだった。

 

「私にとってのアメリカはキラキラした憧れの国でした。英語の力をもっとつけたいという気持ちも強かった。残念ながら、それが留学してみてすべて崩れ去りました」

 

いったい彼女に何が起きたのか。

 

乱闘、マリファナ当たり前という環境

凜さんが交換留学生として派遣されたのは、アメリカのとある町。米軍基地内に暮らす一家がホストファミリーとなり受け入れてくれた。

 

ホストマザーは白人系の物静かな人だった。家には5歳、3歳の黒人系の養子の子どもと、2歳の実子が暮らしていた。ホストファーザーは軍人で海外勤務中のため、ホストマザーがワンオペで家のことを回していた。やんちゃ盛りの男児3人は凜さんにとってはとてもかわいい存在。「よーし、ここでホストファミリーと交流して、学校で友達を作って……」と希望を抱いてのスタートだった。

 

学校はホストファミリーの家から通学圏内にある公立校だった。緊張しながら迎えた登校初日、そこには目を疑う光景が広がっていた。

 

「パジャマで登校する生徒も見かけました。みんな服装がすごくだらしない感じでした」

 

数日通ううちに、その異様さが次々と浮き彫りになった。授業中は雑談だらけ、日本でいう学級崩壊が起きていた。それだけではない。

 

「数学の授業中にマリファナをやっている人がいました。はじめは何の匂いかわかりませんでしたけど、だんだん何かわかりはじめて、トイレもそんな匂いがするし、学校の至る所で薬物が使われていました。

 

校内での暴力事件も頻繁でした。驚いたのは、学校で起きた喧嘩や乱闘だけを上げる専用のSNSアカウントがあったこと。誰が上げているのかわからないのですが、3日に1度は学生同士がつかみ合う動画がアップされるんです。とてもまともに授業を受けられるような環境ではありませんでした」

 

実際にアップされた動画を見せてもらったが、狭い通学バスの中で乱闘と呼べるほどの殴り合いが起こっていた。だが、これだけひどい状況ならば彼女はなぜ斡旋団体に報告し、学校を変えてもらうことをしなかったのか。話を進めると、そこには、学生心理につけこんだ巧みな仕組みが見えてきた。

 

凜さんが留学するにあたって頼ったのは、海外に本部を置く留学斡旋団体だった。世界各国の留学生に海外で学ぶ機会を創出してきた団体だ。

 

受け入れ先となるホストファミリーもボランティアで留学生を受け入れてくれ、公立校の場合、学校の費用もかからない。凜さんは『ボランティア』という言葉から、留学生との交流を楽しみにしている温かい家庭や学校が迎え入れてくれるのだろうと想像していたと話す。

 

日本にも事務所があり、HPを見ると、こちらでは日本への留学の斡旋もしていることが見て取れる。日本のホストファミリー募集のページも見受けられ、心温まる交流の様子が体験談として書かれていた。

 

そして、HPには日本から海外へと留学するには一定の語学力が必要なことなどが書かれていた。つまり、応募しても全員が行けるわけではないということだ。費用は1年間で100万円ちょっと。年間の留学にしては少し安めの設定だが、それでもそれなりの金額だ。

 

ネット上の掲示板には「せっかく受かったので行かせてやりたいのですが、○○○○○からの留学はどうでしょうか?」などと、団体の名前を挙げて情報を求める親と思われる人からの書き込みも見られた。返信されたコメントは、留学はとてもいい体験になったというものだった。凜さんも留学が許可されたという連絡をもらったときはとてもうれしかったと話す。”選ばれし者になった”そんな感覚だったのかもしれない。

 

親子合宿で繰り返し聞かされた「NGルール」

留学前には同じ団体からその年に出発することが決まった子たちを集めての2泊3日の研修が都内で行われた。全国から50人ほどが集まっていたという。ホストファミリーと旅行を楽しむ様子や、日本人の学生が現地の生徒と楽しそうに過ごす姿など、そこには憧れていたとおりの留学風景が映像として映し出されていた。

 

この宿泊研修中に示されたのが、現地でトラブルが発生した場合の対処法だった。この宿泊行事は親子での参加が義務付けられていたのだが、子どもたちの自立を促すために、「日本の家族との連絡は極力避けること」と説明された。

 

些細なことで「帰りたい」と言い出し、親に泣きをいれて帰国することになっては、留学に出す意味がないと、真摯に説明をしているように聞こえた。

 

続いて出てきたのが「NGルール」。斡旋団体の関係者は「学校もホストファミリーも善意で皆さんを受け入れてくれている」と強調。まずは、現地の学校に慣れること、多少の違和感は「文化だと思って受け入れましょう」と、繰り返し繰り返し話されたという。

 

そのうえで、何か相談したいこと、困ったことがある場合は次の順番で連絡するように伝えられたのだった。

 

① ホストファミリー

② 現地にいる団体のコーディネーター

③ 自分の家族

 

留学生がホストファミリーや学校とトラブルを起こした場合や連絡の順番を守らずに行動したときには「NGカード」をもらうことになり、3枚たまると強制帰国になるとの説明がなされた。

 

「高校2年生での1年間の留学は大学受験を見据えてきている子がほとんどです。スクールイヤー1年分(実質10カ月)の留学ができたかできなかったかで、進路は変わってきます。なんとしても成し遂げたい、そんな思いでいましたから、強制帰国は避けたいというのはどの学生も同じだったと思います」

 

センター試験の廃止や大学の入学定員厳格化など、何かと話題の多い最近の大学入試。凜さんはまさに新入試制度の1期生となる学年だった。

 

近年の大学入試ではいわゆるAO入試など推薦入試も増えており、有名大学の中には1年(1学年分)以上の海外留学経験者を対象に行う入試もある。ここへの出願を考えて留学に挑む生徒も多くいるのだ。

 

「ルールを破って強制帰国になったら、留学経験者枠での大学への出願もできなくなります。親に大金を出してもらっているのに、それが全部無駄になるかと思うと、なんとしてでも耐えねばと強く思いました」

 

マリファナも暴力沙汰も文化のうち──。そう自分に言い聞かせたが、学校の荒れ具合を文化として受け入れて、そこに馴染む努力をすることに何の意味があるのか。疑問を拭い去ることはできなかった。

 

「貧困世帯が多くある、生のアメリカの姿を知ることができたのはよかった」と前向きに捉えようとするものの、それだけでは済まされない事態に発展していく。

 

ハロウィンに友達から渡された手作りのケーキ。中にはマリファナが混ぜ込まれていた。「匂いもするのですぐにわかります。食べるとちょっとふわふわした気持ちになるし、これはおかしいと思いました」。身の危険を感じたという。

 

家に帰ると「まるでメイド」

体を休めるはずのホスト宅の居心地も、日に日に悪くなっていた。団体の説明からは、しっかりとした食事をホストファミリーが用意してくれるものと思っていたが、実際に出されるのは冷凍食品ばかり。お腹が空きすぎて倒れそうになったこともあると言うが、家族も同じものを食べていたため、文句は言えない。しかし、凜さんには食事以外にも休まらない理由があった。

 

「だんだんと家事などの手伝いが増えて……はじめはちょっと子どもたちの面倒を見るくらいだったのが、洗濯も頼まれるようになり、下の子2人を毎日公園に連れていくこともいつの間にか私の役割になっていました。扱われ方もまるでメイドみたいな感じでした」

 

薬物と暴力の蔓延する学校、メイドのような生活……絶えきれなくなりルールどおりにホストファミリーに相談したが、何のアクションも起こされなかった。それどころか、ホストマザーとの関係は険悪になった。

 

「ホストマザーの気分を害したらいけないと思い、『学校がどうしても合わないから学校を変わりたい。だから、ホストチェンジをしたいんだけど』という言い方にしたのですが、その日から態度が急変。一番下の実子を『触らないで!』と言われるようになりました。ボランティアだと聞いていましたが、何か収入が減るなど、デメリットが出るのではと思ってしまうほどでした」

 

また、ホストファミリーから斡旋団体に苦情が入れば、それはそれで例のNGカードになってしまう──。

 

追い詰められた凜さんは、出発前の合宿で連絡先を交換していた日本人の生徒2人に連絡をとってみた。すると、その子たちも苦しい思いをしていることが判明した。

 

「彼女たちはオプション料金を払って私立の学校に入ったようで、学校に対する不満はなさそうでしたが、ホストファミリーには困っていました。1人は携帯を取り上げられ、誰とも連絡がとれない状態にされたため、学校の先生に相談、警察が動いてホストチェンジしてもらっていました。

 

もう1人は家がゴミ屋敷のように汚く、食事も満足にもらえていないそうでした。実際に部屋の写真も見ましたが、確かにひどかったですし、食事としてなんとドライタイプのドッグフードが出されていたんです。作るのが面倒だからコレを食べろと言われたそうです。その子は、学校で仲良くなった友達に助けを求め、自力でホストファミリーを探し、ホストチェンジしていました」

 

ついに行動を起こした凜さん

こうした情報を基に、凜さんも行動を起こすことを決めた。同じ米軍基地内に暮らし、学校の部活で仲良くなった子に相談、この家庭に受け入れてもらうことができたのだ。メイド扱いを受けるホストからは解放されたが、学校は変われずじまい。「このままでは頭がおかしくなる」と、12月、当初の予定を2カ月繰り上げて帰国する選択をした。

 

「思い描いてきた留学経験を生かした入試は、受験資格に足りず、もう受けられません。でも、それでも帰国してよかったと思っています」

 

帰国後は席を残していた中高一貫校に戻り、高校3年生となり元の日常生活を送っている。彼女が、留学で得たものはあったのか。

 

「ヒアリング力はついた気もしますが、現地校では単語を読めない生徒も多く、リーディングやライティングはほとんど向上した気がしません。ホストファミリーも学校も、団体の審査を通った所と聞いていたので安心していましたが、まったく安心できるところではありませんでした」

 

彼女の周りだけでもこれだけのことが起きている。としたら、なぜこれまで表に出てきていないのか。

 

凜さんはこう分析する。「高校生の留学は夏休みなどの短期や1年くらいが主流です。帰国後は大学受験で忙しくなりますから、留学団体に文句を言っている余裕はなく、泣き寝入りになる。それが、こうした状況を表に出にくくしている原因ではないでしょうか」

 

残期間の費用が返還されるケースもあるが…

では、個人手配で安全な留学を考える際、何に気をつけて見たらよいのだろうか。文部科学省のHPには、こうしたトラブルを避けるため、情報提供を行う団体の紹介がある。

 

その1つ、J-CROSS(一般社団法人 留学サービス審査機構)では、留学事業者が守るべきルールを作成。個々の事業者がそのルールを満たすかどうかの認証を第三者の立場で行っており、基準を満たした事業者をリスト化している。今回の団体はというと、有名な団体ながら、このリストには入っていなかった。

 

留学事情に詳しい、弁護士の外海周二氏はこう話す。

 

「昨今、留学を巡るトラブルは非常に多くなっています。途中帰国した場合でも滞在しなかった期間の費用を返還してもらえるケースもあります。日本の消費者契約法では消費者契約の解除に伴い、当該事業者が被る平均的な損害の額を超える部分の請求はできないという規定があるため、事業者から不当に返金を拒否された場合はその点を主張し、中途解約されたホームステイの残期間の代金の返還を求めることができる可能性があります。

 

その場合でも実際に返還されるかどうかは別問題です。とくに、相手が海外の団体の場合、交渉に時間がかかる場合も多く、現実的には難しい場合もあります。したがって、どんな団体、エージェントを通して留学に行くのかという点が非常に大切になりますから、しっかりと吟味をして選んだほうがいいでしょう」

 

若者の海外留学が増える今、とくに未成年子どもたちの安全を守るためにも、希望ある未来を打ち砕かないためにも、留学斡旋団体に対してのより厳格な審査が必要になってきているのではないか。

 

https://toyokeizai.net/articles/amp/380324?page=5